「 黒髪の晴玉(洞窟の女玉) 」

アクセスカウンタ

zoom RSS 「 足ノ神 」との出会い・・・

<<   作成日時 : 2017/04/04 12:43   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

「 月読神社 」

月読尊(つきよみのみこと)、
伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)、
伊邪那美尊(いざなみのみこと)、
を祀る延喜式内社で、

大社に位置づけられていた。中世にはたびたび兵乱、兵火を受けて、
社殿の焼失と再興を繰り返した歴史があり、
鎌倉時代初めに、源頼朝から神馬の献上があったとも伝えられ、

明治維新の折には、鳥羽伏見の戦いを避けるため、
石清水八幡宮が一時遷座され、ご神宝が薬師堂に安置された。
現在の本殿は、東に面する一間社春日造、銅板葺(もとは桧皮葺:ひわだぶき)の建物である。
明治26年(1893年)に名古屋の伊藤平左衛門により設計された。
本殿を囲む瑞垣の正面に、鳥居を配置する珍しい構造が見られる。
本神社が位置する大住地域の多くは、平安時代末期から室町時代末ごろまで
奈良興福寺の荘園であった。

神宮寺として、宝生山福養寺が明治の初めごろまで存在し、
奥ノ坊、新坊、中ノ坊、西ノ坊、北ノ坊、東ノ坊の六坊が備わっていたが、
すべて廃寺となっている。往事の社域は、大住小学校の北側あたりに
北ノ坊の旧跡が調査で確認されており、かなり広大な社であったことがうかがえる。
毎年10月14日の宵宮には大住隼人舞(市指定文化財)が奉納される。


_________________________


 ほんとうに「 偶然は神 」なのか・・・

_________________________


 “今あるわたくし” のきっかけのひとつになった神社に

 数年御参りをしていなかったことを思い出して・・・本日「月読神社」へ。


 ご祭神は由緒書きの通り先の神様たちです・・・

 
 ご無沙汰しておったり、長々とご挨拶も済んで

 では本日は摂社にもきちんとご挨拶をと・・・

 ふと観ると・・・ 






  「 足ノ神 」



  

  「  これは・・・おいでおいでと呼んでいただいたとしか思えません。

 
    あり難いあり難い・・・

    
    皆の為に一日も早く治りますように・・  」
 

__________________________



  というわけで「 足ノ神 」を検索したのですが・・・

  本当の神様のお名前が解らないのです。





 本当に偶然 神に会い・・・

  どっとつかれました・・・


 神=エネルギーとしてですけれどね・・・


予知ともいいますけどね・・・


_____________________________________________________________________________________


 

 「 たりのかみ 」

 「 他利の神 」

 ではないかと・・・ふとそう思ったのでした・・・ほっと幸せな気持ちになりました。




 

 



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「 足ノ神 」との出会い・・・ 「 黒髪の晴玉(洞窟の女玉) 」/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる